何時でも、一緒だった。

それはチェスと戦った時でも、修行をした時でも、喜び溢れた宴の夜でも。

双子の兄妹のように寄り添っていた。

だから気が付かなかったよ。



「ねえ、アルヴィス…。私…あの人が好き」



そう告白されて、初めて自覚したこの感情。

気が付いたときには、手遅れで。

その相手に嫉妬を向けることもできず

それは愛情と友情の……ジレンマ。

真綿で首を絞められて、死ぬこともできず苦しむだけ…。






『この想い願わくば…』






「はぁ……どうすればいいんだろ」

は低く沈んだ声で宴の浮かれた炎の奥、その一点を見つめていた。
その隣でARMを布で磨いていたアルヴィスは、そのの声にふと面を上げる。

「どうした、

我ながら上出来の猿芝居だと思う。
そ知らぬ顔で良い兄貴を演じて、の心の内を探ろうとする。
はアルヴィスの問い掛けに安心したように、微笑んだ。

「うん…どうやったらあの人と話せるかな…って思って」

アルヴィスは表情一つ変えず、宴の揺らぐ炎の向こうをと共に見つめる。
そこにの『あの人』はいた。
からすれば『あの人』という丁重な扱いかもしれないが、アルヴィスにとっては。

「ナナシか……」

そうボソリと呟いた。
誘ったのか、それとも自ら誘わずとも集まってくるのか、ナナシの周りには他の男では考えられないような人数の女性がきゃっきゃと甘い声を零しながら囲んでいる。

「全く、相変わらず節操が無いな」

アルヴィスがフンッと鼻であしらい呆れていると、は膝を抱えながら笑った。

「あれも一つの人望だよ」

それに別に男の人にだって嫌われてるわけじゃないし。
はまるで、ナナシの全てを知っているかのようだった。

「その人望とやらのせいでお前が困っているのに擁護するなんて、フォローのしようが無いな」

アルヴィスはふーっと深い溜め息をついて、やれやれと肩を竦めた。
はそのアルヴィスの様子に、子供っぽく頬を膨らませてみせる。
「だって、ナナシさんのそこも大好きなんだもん」
大好き、その言葉がアルヴィスの胸に重く圧し掛かる。

「そうか…、だったら仕方が無いじゃないか」

だからそう若干冷たい態度しかに返してやれない。
は不満げにアルヴィスを一瞥すると、再び遠くで酒を飲んでいるナナシを見つめる。
アルヴィスはそれを思わず盗み見た。

「………」

正直、それは胸が妬けて焦がれるような感覚。
彼女の視線はナナシに一直線に向けられて、瞳は僅かに潤んで熱に浮かされている。
ふっくらとした唇は一文字に結ばれて、そこに想いの丈が凝縮されているように思われた。

「…

自分が知らないをナナシから取り戻したい。
その一心で身勝手にも、アルヴィスは彼女の意識を自分の方へと引き摺り戻した。

「なに?アルヴィス」

何も知らないは、何時もの笑顔で応えた。
僅かに湧き上がる罪悪感。
アルヴィスはその戸惑いに心が揺らぎ、思わず視線を逸らして言い淀む。

「……ナナシは、話掛ければ必ず笑顔で応えてくれる男だ」

まるで罪悪感を払拭するように呟く。
言ったことは本当だ。
何時誰が話しかけても、アイツはへらへらと機嫌よく答えて周りを和ませる。
磨いているARMに映った自分の顔は、泣いているかのように歪んでいた。

「うん。分かってるんだけどね」

は苦笑いをした。
そして彼女は再びナナシを見つめる。

「あの取り巻きの人たち、ちょっとレベル高いよね」

子供のようにふぃーっと溜め息を深く吐き、は自分の胸を掌で押さえた。
アルヴィスは顔が紅潮するのを感じた。
サッと顔を逸らして、願わくば焚き火の炎がそれを隠してくれんことを。

「…別に女の魅力が胸だけってワケじゃない」

そうフォローするも、にとっては最重要事項らしい。

「あのね、女の武器は一つでも多くあった方がいいの!」

アルヴィスはそのの物言いにどう対応していいのか困りながらも、言葉を選んでを諭すことに努める。

「ナナシがそこに拘るとはいえないだろう。アイツはロコやアクアみたいな幼女にもレディーファーストとやらの精神を貫くヤツなんだから」

言っていて何だか虚しくなってくる。
一体何なんだ、ナナシは。

「でもやっぱりコンプレックス」

はお世辞にも大きいとはいえない胸を不満げに見下ろした。
確かにナナシの周りを十重に囲む女達は、城の侍女だかレギンレイヴの国民だかは知らないが、皆スタイルがよく大人っぽい色を孕んでいる者達ばかりだ。
ナナシに酒を注ぐ様も絵になっている。

アルヴィスは呟いた。

「…でもオレは、今のが好きだけどな」

きっと本当なら一生気付くこともなくて、ただ傍にいることで満足していたはずなのに、それだけでは満たされなくなってしまった。

「好きだ……、

その自分の中の均衡は、たった一人の男の出現で無残にも崩壊してしまった。
でもその男は、共に頂点を志す仲間。
大切な仲間を失った自分の前に現れた、新たな同志。
いっそナナシを心から憎むことができたなら、どれだけ楽だったろう。
こうなって初めて、自分を構成していたものがいかに脆いものだったかを思い知らされる。



アルヴィスが全て心の内に封印していた思いを告げると、は。

「知ってるよ」

そう言って残酷なほど爛漫とした笑顔で、アルヴィスの心を引き裂いた。
アルヴィスは僅かに唇を噛み締め、磨いていたARMを握り締める。
はからからと笑うと、アルヴィスに身を寄せてその腕を自分の腕に絡めた。

「アルヴィスってばシスコンなんだから〜」

そしてはアルヴィスの肩に自分の頭をそっと預ける。
柔らかい頬の感触は幼い時と少し変わっていて、女らしくふんわりとした香りを漂わせていた。
その香りが、アルヴィスの瞳に染みる。
アルヴィスの瞳には、心は対岸にいながらを捉えて離さない、自由を具現化したかのようなナナシの、屈託の無い人好きのする笑顔が映っていた。

「でも、私もアルヴィスが大好き…」

は私も大概ブラコンだね、とアルヴィスの耳元で呟く。
そして。

「アルヴィス…、心配かけてばっかりでゴメンね。いつかきっと、ちゃんと自分の力で…ナナシさんに振り向いてもらえるように―――――」


『頑張るからね』
心に染み入るその言葉に息が詰まる。
アルヴィスはの腕と絡まる腕を解くと、の頭を自ら抱き寄せた。

そして。

「ああ…頑張れ」

の髪に掠めるようにキスをした。


 

 



願わくば、誰にも知られず、誰にも分からずこの恋心を…『殺したい』―――――――。



 

 

 


あとがき

 

Sと専らウワサのアルヴィス氏の、ストイックなところは間違いなくMr.Mに称号に相応しいと思う。

ノミネートメンバーには、キング・オブ・不幸のイアン氏。
巷で司令塔子守係と囁かれている、チェス幼稚園代表保父さんのペタ氏。

もはやカップリングとかやおいとか関係なく、仲間に虐げられているトマト。(エ?)

…が、いらっしゃいました(笑)

 

 

 

 

 

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