―――胸を貫く剣のような言葉を放つ、夢に見るほど渇望するあの唇。
夢の終末はいつだって悪夢でしかないけれど、それとて本当に叶うのであればいいではないか。
「気色悪い」
パシンッ、と手を強かに打ち払われた。
「……キスしようとしたくらいで騒ぐなんて小さいオトコ」
手を擦りながら、不機嫌そうに椅子に座り込むペタを見送る。
一切触れることを許さないその刺々しさが、更に欲する気持ちを煽り立ててやまない。
同じ性を授かった主に心ばかりか躯まで預けたのだと、その忠誠心か歪んだ愛情か、境界線すら曖昧になったペタの唇を奪ってやったらどんなにも心地いいだろうか。
大概自分も歪んでいる、と思っていた頃はいつのことだったか、満たされない渇望感に心が磨耗した今ではそんな想いすら湧きはしない。
「キスだと?」
ペタはその顔に、まるで這い蹲る蟲でも見るかのような嫌悪をありありと浮かべて睨んだ。
「唇とは食するための神聖ものだ。、貴様は人間共が交わす家畜のような行為を私に求めるというのか?」
汚らわしい、と詰りの言葉さえその唇が紡いでいるというのならば、すべてを赦せる。
むしろ自分の心が血飛沫を上げながら体から引き摺り出されるくらい、残酷な言葉がペタの唇から詠われることこそ至高の悦びと言えるのではないか。
「またそんなこと言って」
ペタはプライドを塗り固めたような男だ。
「どうせアンタだってまだ家畜じゃない」
この世で人間の定義を受けてない者は、我等が主のみだという事は、ペタだって知っている。
だが人一倍選民意識の高いペタの事だから、きっと自尊心を傷付けられて激昂するに違いない。
それで、いい。
「何だと? 、私が家畜だとは……聞き捨てならん」
もっと、もっともっともっと彼を傷付けて――――自分を深く刺すような、渇望が憎悪に変わるような激しい罵りを。
「食が如何のなんて言って、本当は美食なんて分かってないんじゃないの?」
「私は家畜とは違う!」
ねぇ、唇で紡いでよ。
その、きっとペタ自身何よりも高潔と信じてやまない唇で。
「そんなにアンタの唇が神聖な食の為にあるのなら……ちゃんと美食を証明してみせてよ」
「……ッ!?」
椅子に座るペタの上に乗り上げ、首を?ぐように無理矢理顔を上げさせる。
「……ッ」
顔を苦痛にゆがめたペタが逃げられないように、今までに出した事も無いような力を捻りだして、自分の視線のすぐ先にある、ペタの唇に自分の唇を近づける。
「ペタ……」
目を見開いたペタに体重をかけつつ、狡猾な笑みに顔を歪ませた。
「アンタの唇を高潔なまま穢してやる――――」
唇を重ね合わせる。
その瞬間ブツッと言う音が弾け、ペタの口の端からどろりと血が溢れてきた。
それはみるみるうちにペタの唇を蹂躙し、周りに鉄の匂いを振りまく。
『胸を貫く剣のような言葉を放つ、夢に見るほど渇望するあの唇。
夢の終末はいつだって悪夢でしかないけれど、それとて本当に叶うのであればいいではないか』
ペタの唇を彼の好きな血で濡らす為に自分の舌を噛み切る、毎夜見たあの夢の終末をリアルに感じて、意識が薄れていくのを感じた。
でもやっぱり、その最期は夢と同じで。
「ふん………、不味いね」
彼が自分の血に濡れて穢れた高潔な唇を拭い、嫌悪感に満ちた表情で吐き捨てる。
それとは裏腹に夥しい量の血が溢れる自分の唇は、それを聞き届けると自然と笑みを模る。
そして重力に体が曳かれるのに身を任せ、頭を強かに打ちつける音ともに意識は血の匂いと共にぷっつりと途絶えた。
私の命を奪うような…その言葉が聞きたかったのよ、ペタ―――――――――。
〜END〜