厳格さを漂わす石垣が緻密に組まれた中に、その脆弱な灯火が燈っていた。
この唇をほんの少し窄めて、吐息をひらめかせようものなら、瞬く間にその揺らぎを失う、その灯火。

「アンタが消せないというのなら、アタシが消してやろうか?」

ひやりと冷たく、背中の熱を掻き奪うその石の感触に気圧されまいと腕を組むは、闇色の瞳。
鋭くそれを細めて、蝋燭を翳して見つめる視界の先には弱く、強い背中。

「…五月蝿い、殺すぞ」

振り返ったその顔には仮面。
かつての人好きのしそうな表情は厚い石膏に阻まれ、もう覗き込む事すら叶わないのか。

「アンタに殺されてやるほど弱かないわよ、莫迦にするんじゃない」

は仮面に一瞥して鼻を鳴らすと、じっとその仮面の気配に傍耳を立てる。
そして、そのぽってりと光る唇を模る口紅を歪ませると彼女はふっくらと笑みを零した。


「ふふん…、変わったわねぇ、イアン」


 

 




〜ルージュの女〜


 




は石壁に凭れていた体を起こすと、規則正しい靴音を鳴らしてイアンの背へと近づく。

「来るな。いくらアンタでもぶっ殺す」

「パートナーの私を?ふふっ♪やっぱ変わったわ、アンタ」

はイアンの忠告にも躊躇せずにイアンの背へと近づき、そして凝視する。
その背に庇われるようにしていた影が、蟲のように蠢き、何かとも知れないような体液を垂れ流す触手へ。
が翳す蜀台の蝋燭によって変貌する。

だが問題はその先、化け物としか形容できないその生き物の顔は、もっと驚愕を呼ぶものだった。

「可愛いカノジョじゃない、ねぇイアン?」

下肢がグロテスクな触手と化したモノの上体は、白皙の少女だった。
記憶を辿れば、その真摯な瞳でイアンを一心に見つめていた事もあったであろうに、今やその瞳は虚ろで何を見ているのやら、ただ赤子のように言葉にならない奇声を発して地に伏すだけなのだから、この少女薄幸の他ない。

「オレっちを…、ギドを馬鹿にしてんのか、

ただ静かな殺気を仄めかせて呟くイアンには声高に笑った。

「あはははっ!莫迦にするんだったらもっとアタシなら気の利いた方法にするね」

イアンは言葉を噤んだ。
これまで多くは無いがそれなりにと命令をパートナーとしてこなして来たが、彼女はこんな女であったであろうか。
ただ自分とユーモア感覚のあう、気風のいい姉御的存在だったはずなのに。

「変わったのはアタシじゃない。アンタだよ…イアン」

まるでイアンの心内を見透かすようには笑う。
そして、イアンの独断の行動による制裁によって、惨めな下肢を与えられたギドを見やる。

「抱いとけばよかったって、後悔してる?」

カノジョがこんなナリじゃあ、もう抱けないもんねぇ?と。
そのの、イアンとギドの間に踏み込んだ発言に、イアンは仮面の内から憤りを露にしての胸倉を掴んだ。
自分の方に勢いよく引き寄せると、床より離れて浮く彼女の踵。
そのままの首をへし折ろうとするイアンだが、それはの暗闇にぼう…と浮かぶルージュの妖しさに阻まれる。

「…大切にしてたのが仇になっちゃったのよ」

薄く笑うの笑。

「格好つけて紳士ぶってるからいざって時に奪われちゃう。しかも切り捨てる事もできないから、本当ミジメ」

イアンの手からするりと力が失われていくのが、震えるその体から分かった。
がくりと地面に膝をつくイアンに驚き、逃げようとするギド。
下肢を蠢かせて床を這い蹲るその後姿に、は溜め息をついた。

「アンタが消せないというのなら、アタシが消してやる」

彼女は、跪いて嘔吐するイアンを横目に睨み、すらりと太刀を抜いた。

「…な、なにする気だよ!ッッ!」

ぞっとするようなの背中に、イアンの怒号が走る。
だが彼女は太刀を片手にギドに歩み寄ると、容赦なく太刀を振り上げて狙いを定めた。

「アンタには…イアンには、分からないこともあるんだよ」

最早が何を自分にしようとしているのかさえ判断のつかないギドは、に手を伸ばして「あー」とただそれだけ発する。

「これはケジメ」

はそう呟くと、ギドに高々と振り上げた太刀を振り下ろした――――――が。



「なんのつもり?イアン」

の腕に絡みつくオクトパスがの動きを封じる。
イアンはギリ…と軋むオクトパスを引き戻して、へ叫ぶ。

「オマエにギドを殺す権利があんのかよっ!」

仮面の下に垣間見る、イアンの憤怒には再び唇を擡げるとあの妖しいルージュの色でイアンの精神を揺さぶった。
振り返るに競り上がる気持ち。
は…笑った。

「こんな憐れな姿になってまで生かされる…女の気持ちは分からない。憐れな女の幻影を追い、自分を見失う男に惚れた…女の気持ちも分からない」

それはイアンを嘲る、しかし哀れに沈むの微笑み。

「イアン…、アンタって本当莫迦―――――――」

そう呟くと、彼女は握っていた太刀を鞘へと収めて、ギドを一瞥する。

「アタシ達、大概幸が薄いのよ。ふふ、運命ね♪ 一人の男を愛した罪ってヤツ」

はそれだけ言うとまるで何事も無かったかのように、呆然とするイアンの横を擦り抜ける。
イアンは思わず呼び止めた。



「…なぁに?イアン」

それはイアンが嘗て知るのオトナっぽい、どきりとするような声音だった。
昔ならその色っぽい仕草に頬を染めて、共にふざけて酒を仰いだこともあったのに、今のイアンにそれは無かった。
イアンはギリッと手を握り締めて、に尋ねる。

「一人の男を愛した事が…を、ギドを……不幸にしたのか?」

イアンはやはり昔のイアンではなくて、今のイアンであることに変わりなかった。
愛された事に照れるのではなく、自らを責めるだけ。
はイアンを振り返ることは無く、ただ一言。

「…大切にしてたのが仇になっちゃったのよ、アタシもギドも。愛していたなら強引にすることも愛なのにね。ふふっ、仕方ないのよ。アタシ達は所詮『女』だからね…♪」

そう言い切る。
イアンは………。

「ワケわかんないんだよ…」

そう力無く言う彼の背に、紅いルージュは微笑んだ。




「それでこそ『男』よ―――――――――」

彼女は意味ありげな微笑を残し、イアンの元から去っていった。



 

 




あとがき

 

イアンは泣けただけマシ。ギドの姿見て、イ○ブンでオンナ一匹、立ち読みのくせに卒倒寸前…。

ぬふー、危なかった。
もーすこしで十分いい歳のオンナが週刊少年サンデー読みながら、顔面蒼白で戦慄きまくったカオのま
ま気絶する所だった。
そうなったらホント、周りの人が 
顔 面 蒼 白 です。

だってきっと倒れてもサンデー手放さないんですよ?
顔面蒼白で気絶しておきながら、なんかやり遂げた感に満ち満ちている、不可解な死に顔ですよ?(死?)
かと思ったら、きっとその表情には。

……コレが私の生き様ですが、何か文句あるんか?ああ?

という生来の打算の表と自由な裏が混在した、とても爽やかなカオになっていると思います。

 

 

 

 

 

 

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