だって、たったいちどのチャンスなんだ。

芽吹いたこの想いを、思い知ったのは一年前。
まるでくちびるを噤むかのように、かたく身のうちにそのちいさな恋ごころを鎖した。
それでもよっつの季節がめぐる間に、それは花のつぼみのようにはちきれんばかりにふくらんで、ほころびはじめて。
自分のなかから今にもぱちんっとはじけとびそうで、もう限界。

だから。

今日の日にと、きめた。
彼に伝えると、きめた。

とびきりあまくて、とびきり煌いて、とびきり真ごころのこもった手づくりチョコレートと、いっしょに――――。

 

 

恋ごころ経由便

 

 

 

アルヴィスが、すき。

あのまばゆい光をたたえた強い眦も、戦いの絶望を前にしても折れない気高い心も、時折あのおおきな瞳を細めてかたどる、あどけない笑顔も。
まだ世界が戦火の混沌に埋もれるに前に出会って、そっと彼に恋をした。

そして今日この日、彼に想いを伝える――――はずだったのに。


「わたしの場合、『魔法』というより……もはや『呪い』だわ―――――…」

打ち拉がれるような現実を目の前にして零れた声音があまりにも憐れで、自分で自分に絶望する。
だってそう思いたくもなるだろう。
この惨状を目の当たりにすれば、だ。
刻んだチョコレートを湯煎して、ブランデーと生クリームとバターといっしょに混ぜて、冷やしてかたどるだけだというのに、どういう呪いをかけたらこんな、こんなおどろおどろしい物体ができあがるというのだ。

「……スノウ姫のは、ちゃんとチョコレートになったのに…」

普段、女性らしい事ひとつしたことがない自分とスノウ姫の出来ばえの違いときたら。
「雲泥の差」なんて言っては泥に失礼だ、と思うほどに目の前のチョコレートはコールタールのような、およそ食べものとは思えない形状をしている。
こんなものとスノウ姫のちゃんとしたチョコレートを自分で見くらべるのがつらくて、レギンレイヴ城のキッチンから逃げるようにして出てきた。

「はぁー……」

思わず深い深い溜め息を零しながら、中庭にある噴水に腰掛けた。
傍らには、あのチョコレート。

「こんなの渡して……、どうなるっていうのよ」

膝をかかえこみ顔をうずめて、うなだれる。
まず、こんなものを彼に手渡して恋が成就する要素が見つけられない。
こんなものはおおよそモンスターが食すものだ。
いや、モンスターも裸足で逃げ出しそうだ。

「……さいあく」

『だいすき』、そのきもちがそっくりそのままカタチになったらどんなによかっただろう。
めぐるマイナス思考のまま、そう呟いた時だった。

ちゃーん、こんなところでどないしたん??」

独特の、韻を踏むような声が頭上からふってきて、ハッと膝のあいだにうずめていた顔をあげる。
逆光でもわかる金色にちかい榛色の、風に靡くながい髪と目が醒めるような真紅の服。

「……ナ、ナナシィ〜」

ナナシの人好きのするぱっと花が咲くような笑顔を見た瞬間、眦にぶわりと情けない涙のつぶがうかんだ。

「うぇっ!? ちゃん、なんぞあったん??」

とかく女の涙を苦手とするナナシは、ひどくうろたえた様子でしゃがみこみ、自分の顔をのぞきこんでくる。
だからおもわず、傍迷惑な個人のジジョウというものをはなしてしまった。
ナナシはそんなみっともない自分の泣き言をうんうん、と黙ってきいてくれて、そして最後にぷっと小さく吹きだしたのだった。

「ナナシッ!! わかるけど!笑いたくなるキモチもわかるけど!!傷に塩をぬらないでーっ」

うわーんっ、と絶叫にも似た悲鳴が口をついて出る。
だがその意に反してナナシは、笑いにふるえる口元をおさえながら「ちゃうちゃう」と手をふった。

「いやいや、オトコなんてちゃんが思ってくれとるほど、そ〜んな見た目なんぞ気にしとらへんて」

そして両手を胸元にかさねると、にぱっと小首を傾けながら笑う。

「大切なのは『キモチ』、やで♪」

嗚呼そうか、そうなのだ。
常日頃、大勢の女性に囲まれているこのヒトは、こういう天然な誑しこみで異性をトリコにしているのだ。
ほかに想いびとのいる自分ですら、不覚にもきゅんとしてしまったではないか。

「『キモチ』……ね」

嘆息まじりにうなる自分とは対照的にナナシは朗らかで、腕組みをしながらうんうんと自身の言葉にうなづく。
そして不細工なチョコレートをはさんでとなりに腰掛けると、それが入った箱をまるで壊れものを扱うかのように繊細に手にとった。
そんな大事にされる価値、ないのに。

「オトコっちゅうモンは、じぶんの好いとる女のコが一生懸命作ってくれたもんがいっちゃん嬉しいにきまっとんねん」

横目に見やれば、本当にやさしい目で手元のチョコレートを見ているナナシ。

「大切なのは『カタチ』やないねん、好いとる女のコの『キモチ』が『カタチ』で手にはいる事がオトコにとって大切なんやと、自分は思うで♪」

キザなセリフをさらりと、しかもちゃめっけたっぷりに言って首をすくめ、微笑む。
その言葉に、すこし凝り固まった猜疑心とか不安とかほんのすこしだけゆるんだ気がした。

けれど―――。

 

「でも別に好きでもない女からそんなチョコもらったら、迷惑だって…やっぱり思うんじゃないの?」

我ながら女々しいな、と思うも八つ当たりじみた物言いをやめられない。
だってアルヴィスは、オンナの自分以上に綺麗な顔立ちをしていて強くて、とても気高くて。
最高のチョコレートを以ってしても自分なんかが相手にされる可能性がないかもしれないような彼、なのに。

「こんな不味そうなチョコレートなんて……、欲しいわけないよ」

もし「いらない」なんて、自分のきもち諸共すてられてしまったら。
キモチわるいくらいの暗いきもちを吐露するたび、自信のゲージが下がっている気がする。
そもそも、自分から話を聞いてもらっているのに厚意でつきあってくれているナナシに何を言っているのか。
嫌悪感でいっぱいだ。

「そんな事あらへんと思うけどなー……」

そんな自分に嫌気をさす様子もなく、ナナシは空を仰いで呟いた。

ちゃんからチョコもらえるなんて、幸せやで?」

やさしいナナシ。
こんなふうに言ってもらえる相手に食べてもらえたら、あのぶさいく極まりないチョコレートだって本望なんじゃないだろうか。
いや、ナナシだってありがた迷惑だろうけど。
それでも、アルヴィスのあのだいすきな笑顔を、自分のチョコレートでこまった色にそめるのだけはどうしても憚られた。
だから、思わず言ってしまった。

「―――それじゃあさナナシ…、よかったら……ソレ、もらってくれる?」

長い前髪のあいだからのぞくナナシのまるく見開かれた瞳から視線を逸らして、ぐすりと鼻を鳴らす。
ナナシはしばらく、となりに座る自分と手元に持っていたチョコレートを交互にみくらべて。

「ええのん? 大切な誰かさんにあげるためにちゃんがこころ込めてつくったモンやろ?」

一瞬、こころのなかみを見透かされたような気がした。
ほんとう、色恋沙汰には聡い感性をもつヒトだとおもう。

「いいの! ナナシさえ迷惑じゃなかったら、ナナシにもらってほしいんだ」

涙がすこし渇いた目で、ナナシに笑ってみせる。
するとナナシはいつもの人懐っこい笑顔ではなく、ゆっくりと神妙な笑みをうかべて、もっていたあのチョコレートの箱をかかげた。

「……ありがとな、ちゃん。大事にするわ」

そう言うとナナシは、チョコレートの入った箱をもって立ち上がるとひらひら手をふりながら中庭を後にした。
そのナナシの後姿を見て、渇いた筈の目がゆっくりとまた湧き水のようにみるみる涙でうるむ。
わたしは、ぎゅっとかかえこんだ膝のなかに顔をうずめて、声を殺して泣いた。

さよなら、アルヴィス。
さよなら、わたしの恋ごころ。

この想いは、アルヴィスにひとかけらも伝わることなく、ナナシにあずけられてどこかへ旅立ったんだ。
そう思ってたのに―――――――――。

 

「それで、のチョコレートは?」

その夜、感傷に浸るのも束の間にどこから聞いてきたのか、目の前にはアルヴィスがいた。
しかも今いちばん自分がふれてほしくない話題をたずさえて。

「だから…そんなの無いってば…」

むっすー、と可愛げのない調子で言って踵をかえす。
するとその後ろをおちついた足取りでアルヴィスがついてきた。

といっしょにチョコレートをつくった、とスノウからそう聞いたんだけどな」

スノウ姫、おしゃべりがすぎます。
アルヴィスに背を向けたまま、苦虫を噛み潰したような顔でちいさく溜め息を零す。

「だーかーら、いっしょにって言ったって、スノウ姫のおてつだいをしただけだって。わたしは別につくってないし」

ぽいぽいと口をついて出る嘘は、アルヴィスではなく自分を傷つける嘘だ。
こころが、自分のなかのやわらかい部分が、軋む。

「だいたい、つくったとしてもアルヴィスにあげる義理なんてないし」

なかば逆恨みともとれるように、吐き捨てる。
脳裏に、ナナシにあげたあのチョコレートが思い出された。

あれはもう、ナナシに食べてもらえただろうか。
それとも流石のナナシも食べる勇気なんて湧かずに、部屋のかたすみにひとりぼっちにされているのだろうか。
どちらにせよ、自分が選んだ結果。

「……そうか」

ふーっと深くアルヴィスが息を吐いたのが聞こえ、それはなんとなく自分の恋が終わった合図におもえた。
アルヴィスからそむけた顔が、寂しさでゆがむ。
くちびるを噛みしめて、涙がでるのをぐっとこらえる。

だが、アルヴィスは吐いた息をそのまま吸い込むと、あのあまい凛とした声で言い放った。


「ナナシにあげるチョコレートはあるのに、か?」

は?と、おもわず出かけていた涙が引っ込んで、目を見開く。
するとその瞬間、アルヴィスの手が自分の肩にかかり、ぐいと強く引き寄せられる。
そしてアルヴィスの顔を真正面から見た瞬間、驚愕した。

「な…っ、なんでアルヴィスがそのチョコレートを持ってるの!?」

驚きとともに指さした先にはナナシにあげたはずの、あのチョコレートが入っている箱が。

「ああ――、コレか?」

アルヴィスはさも当然のように箱を見せつけると、口元をその箱でかくしながら言った。

「バレンタインだから、ってナナシがくれたんだ」

あたまの中で複雑に入り組む回路が、からまった糸ののようによじれていく。
思わず両手で頬をはさむと、動揺する表情がてのひらから感じられた。

「…ナナシが…、アルヴィスにあげた?? ナナシ…どうして???」

やっぱりナナシもあんなチョコレート、いらなかったんだ。
そう考えておもわず頭をふる。
ナナシはいくらいらなかったからと言って誰かに押付けるようなヒトではない。
でもじゃあなんでアルヴィスが、あのチョコレートを持っているのか。
そうくるくると目が回りそうなほどに思考をめぐらせていると、ふっとアルヴィスが笑う気配がした。

 

「これをもらうとき、ナナシに言われたんだ」

 

※        ※        ※       ※

 

 

『アルちゃん―――コレは自分がもらってええもん、違うねん』

ちゃんの大切なキモチが、ぎょ〜さん詰まった大切なチョコやから』

『ほんまなら自分がいただきたいところやけど…』

『アルちゃんに、あげるな♪』     

 

 

※        ※         ※       ※
  

 

わずかに涙目になりながら彼を見上げるとそこには、疑問もすべて吹きとばすかのような魅力的な笑顔が。
アルヴィスはゆっくりと視線を手元の箱におとすと、箱のふたを開けてなかみを手に取った。

「めずらしく、あんなに真剣なナナシを見たよ」

彼のきれいな指先に不釣合いなぶさいくな私のチョコレート。
それをみつめて思わず、つぶやいた。

「ナナシ…どうして…?」

知っていたんだ、自分の想い人が誰だったかとか。
わかっていて励ましてくれたり、なにも言わずに自分が押し付けたチョコを預かって、アルヴィスにそっとわたしてくれたり。
どうして、とうめくように眉を寄せればアルヴィスが大人びいた声で言った。

「おなじ事を尋ねたオレに、ナナシは言ったよ――――自分は」

 

 

『――――自分は、恋する乙女のミカタなんですぅ♪』

 

 

目にうかぶ、ナナシのあかるい太陽の花が咲くかのような華やいだ笑顔。
それを想うと、ぶわりと泉のように涙が湧いた。
ナナシ、ナナシ、ナナシ、ありがと。

「……わたしっ、アルヴィスがすき。アルヴィスがだいすき、なのっ」

湧いた涙が、ぱちんとはじける。
やさしいあのヒトがそっと押してくれた背中。
カタチにこだわって喉に凝り固まって出てこなかった恋ごころが、ふしぎなくらいするりと声になって響く。

……」

アルヴィスは泣き出した自分をなだめるように名前を呼び、そしてゆっくりとそのかろうじてハートを模ったチョコレートをひとくち、かじった。
不安に駆られ、覗き込むように見つめる。
すると、アルヴィスは味わうように喉を上下させ、とろけるような笑みをくちびるにうかべた。

世界で一番ほしかった、笑顔。

世界で一番ほしかった、貴方。

 

「美味しいよ、―――――――」

 

そう褒めて抱きよせて。

そしてあまいチョコレートの香りがのこったくちびるで、アルヴィスはやさしいキスを、してくれたのだった―――――――。

 

 



アルヴィス夢というのが憚られるほどの、ナナシ出現率…orz

だいぶひさしぶりに、作品を仕上げました。
書くのにブランクがありましたが、恋ごころ経由便は結構お気に入りだったりします。
メルメンバーにとってナナシは、おせっかいだけど優しくて良いおにーさんだといい、願望(…うわぁ)
そしてアルちゃんも、そういうナナシに良い意味で甘えてるといい♪

2月お題〜バレンタイン〜、でした!

 

 

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