幼い頃、少女はいつも一人。
森の奥深くで生活を営んでいた彼女。
遊び相手は、母親が死ぬ間際に縫ってくれた人形のパニアディ。

それだけで、まんぞく。

それだけが、まんぞく。

 



ばいばいベイビィ、ONLY☆DOLL

 




「とうとうお前の出る幕は訪れなかったな、

低く抉るような声が扉の閉まる錆音に紛れて、彼女の耳に届いた。
この矜持の高さを具現したかのような声音には聞き覚えがある、とは小首を向く。

「ペタ」

黒い衣を纏ったペタが裾を翻しながら、がへたり込んでいるベッドに歩み寄ってきた。
深紅のカーテンをうねらせる夕闇の風は僅かに湿っていて、微かに嵐を予感させるのは、迫り来る明日の気配を空が感じているからであろうか。
ペタはその風に誘われるように開け放しの窓に近づくと、ゆっくりとレンガ造りの壁に凭れ掛かった。

「出る幕か…、うーん。無かったね」

は、ペタの言う出る幕の意味を理解して素直に頷いた。

「パニアディ、私出る幕無かったよ」

ね、パニアディ?と、彼女は両手に抱えていた布製の人形に語りかける。
明日はとうとうウォーゲームの最終決戦だ。

「これじゃ折角集めた『あの子』たちも宝の持ち腐れで終わっちゃうな…」

持ち腐れというより本当に腐るぞ、ペタはそういう視線での自慢のコレクションをニヤリと笑んで、見やる。
彼女の部屋の壁には様々な人形が立ち並んでいた。
否、人形のように双眸を曇らせた人間の死体が、まるでに従属するかのように直立不動で立っている。

「げに恐ろしきはネクロマンサー…か。奴らもまさか自分を殺した女に使役されるとは思わなかっただろうな」

並ぶ死体は老若男女を問わず、世界中にいた手練ばかりだが、今や屈辱にも彼女を守る盾と化している。
その死者を愚弄するかのようなARMの能力に、ペタは恍惚の表情を浮かべた。

「全く面白い能力だ。ファントムが気に入るはずだ」

ペタは三年前、彼女に初めて出逢った時のことを思い出す。
死者使いの一族があると聞いて、ペタがその伝説のある山奥深くに赴いてみれば、そこに母親を失ったがいた。


『ママ……、もう喋ってはくれないけど、遊んではくれるんだよ?』


突然の訪問者に、彼女は臆する事無く自分の母親を紹介する。
幼い少女の傍らで、腐った母は踊っていた―――――。



「……恐ろしいな」

ペタは言葉とは裏腹にほくそ笑む。
するとその言葉を素直に解釈したはパニアディを膝に置いて、ふるふると首を横に振った。

「恐ろしいって…、万能じゃないよ? 媒体が腐っちゃったら使えないしそれに…」

言い淀むに、ペタは怪訝そうに眉根を寄せた。

「なんだ?」

「結局集めたコレクションは所詮三下だもん。上等品はチェスかメルだから」

世界で手練と言われている存在は粗方発掘したつもりだが、それも本当に上質なものは生かしてチェスに取り込んだか、もしくはチェスに潰される事無く順調にウォーゲームを勝ち進む、メルのメンバーとして存在するか、だ。

「本当に強い人形はまだ手に入ってないもん」

と、は唇を尖らせて眉根を寄せた。

「ならば尚更、ファントムに申し出てメル戦に出してもらえばよかっただろう?そうすればメルの一人や二人はコレクションに加えることも出来たかもな」

ペタにそう言われ、は最もその通りだと頷くが、その直後にうん?と微かに唸った。
そしてパニアディの頭をかっくんかっくんと揺らしながら、平然として言ってのける。

「無理だよ、私じゃメルは無理。それにな〜、別にメルを倒したいわけじゃないしな。出てもその場を混乱させちゃいそうだし」

「なんだソレは」

ペタはくくっとくぐもった笑いをさせた。

「だって私、チェスでもメルでもどっちでもいいし」

母親が亡くなって誰もいない、誰も知らない彼女の前に現れたのはペタだった。
生まれて初めて知ったオトコだった。
それはたまたまだ。

「ほう、じゃあメルの人間に初めに誘致されていたらそちら側につく気だったのか?」

「うん、多分ね」

パニアディの手を取り、持ち上げたり下げたりしてはにぃっと笑った。
ペタはそんな彼女を暫く眺めていたがやがての傍らに座り、パニアディをの手から取り上げた。
キルトで拵えた、えらく年季の入った人形。

「ふん……、汚い人形だ」

ペタはパニアディの胴体を頭上に翳して鼻で笑う。
スカートの裾はぐずぐずに解れ、縫い目の間からは茶色に変色した綿が食み出で、更に目の部分のボタンは縫い付けが甘くなってぶらぶらと空中ブランコのように浮遊していた。

「私が小さい頃、お母さんが作ってくれた最後のプレゼントなんだから汚いのも当然だよ」

は戸惑う事無くペタに体を寄せると、その腕に自分の腕を絡める。
彼の体はゾンビとなったファントム程ではないにせよ、ひんやりと冷たさを帯びていた。

「こんな綿が詰まっただけのツギハギ人形に感情を寄せるなんて、くだらない」

吐き捨てるようにペタはパニアディを眺めながら、を嘲笑する。
すると彼女はペタの鋭い舌鋒に臆する事無く、首筋に顔を寄せてくすくす呼応するかのように微笑んだ。

「ペタにはわからないんだよ、人形の価値が。人形はいつだって私の味方、私だけのトモダチ」

の視線の先には、ペタが握り潰すように掴んでいるパニアディ。
パニアディだけが、寂しい時には寂しい、嬉しい時には嬉しい、苦しい時には苦しいと同調してくれる。

「いっそ私に関わる世界の全てが人形になっちゃえばいいのに」

は流れるペタの髪を指先にくるくると巻きつけながら、そんな言葉を呟く。
彼女の吐露した願望に、ペタは至極満足そうだった。

「やはり…お前は紛れも無くチェスの兵隊の一員だ。その歪んだ嗜好…メルにするには勿体無い」

気色の悪い生白い肌に口紅と引いたかのように浮かぶペタの唇が、にぃっと裂けた。
は、そんなペタにほんの少し意地の悪そうな視線を向ける。

「司令塔の腰巾着になってる誰かさんも、私のことだけ考えてくれれば良いのに」

それが誰をそして何を表しているのか理解したペタは、驚いた表情を垣間見させた。
だがそれもほんの一瞬の事。
が抱き込んでいた腕の監禁を解いてベッドから立ち上がると、彼女から取り上げていたパニアディを放り投げる。
パニアディは、頼りない布と綿で出来た脚をぐにゃりと曲げて、の膝に転がった。

「ペタ?」

「明日……」

ペタの途切れる言葉。
次いだ二の句は、自信に満ち溢れたものだった。

「明日の最終決戦で勝利するのはチェスの兵隊だ。メルではない」

カーテンがそよぐ窓に歩み寄り、ペタはレスターヴァの城から臨眺できるメルヘヴンを、蔑むように見下ろした。
その爛々と鈍い光を放つ瞳には、世界への憤怒よりも明らかに侮蔑の色が強く滲んでいる。
ペタは夕闇の亡羊とした色の中に身を置きながら、の方に振り返った。

、勝利の暁にはおまえに好きな肢体をくれてやる。どれがいい?」

その容貌はまるで、一つ一つ彫刻刀で模ったかのように完成されたもの。
ペタの金髪が、部屋に流れ込む風の形を具現化する様は、に僅かな躊躇を生ませるのに十分な『風景』だった。

「……う…ん、そうだね……」

彼女はぼうっとした瞳を伏せてしばらく思案に暮れたが、ゆっくりと首を擡げてペタを真っ直ぐに見つめた。
ペタはあの『風景』のまま、唇を弓形に持ち上げてほくそ笑んでいる。
の心は決まった。

「……ナナシ、がいい」

それはペタの対戦相手となっている者の名前だった。

「ナナシなら四肢の長さも顔の造形も体のラインも申し分ない美形。魔力もハンパじゃない強者だし、私のコレクションの中では比べ物にならないくらい上質の人形になるよ。なにより、あの髪が好き…」

その瞬間、ペタは今までが見たこともないような歓喜に打ち震えた表情を浮き立たせた。

「そうか…それはいいな。簡単に手に入る」

それはペタの過剰なほどの自信が生んだ台詞だった。

「ギンタやアルヴィスはファントムが御執心だ。ドロシーはクィーンが行末を決めるであろうし、残り物の中では賢明な判断といえるだろうな」

は大仰に立ち回るペタをまじまじと見つめて、ほんの少しだけ驚いたようだった。

「ペタ、今日は良く喋る」

するとペタは、の元へ衣の裾を翻しながら歩いてきた。
そして彼女の頬に自身の細い指先を宛がい、機嫌が良さそうにその白い輪郭をなぞる。

「勝利の前夜祭だ…。少々気が高揚するのも致しかたないものだよ、

そして薄く哂うと、ペタはに最高の人形をプレゼントすると約束した。

「必ず…、ナナシのカラダをくれてやる……」


それが、彼の最期のコトバ ―――――――。


***


戦慄の副将戦は、救世軍メルのナナシに軍配が上がった。


*      *       *


「あーあ、ペタ死んじゃった…」

は薄暗い空間中で、ポツリと呟いた。
おそらく今頃、レギンレイヴではファントムの最終戦が行われているであろうというのに、彼女はそんな事には興味が無いというように自室に引き篭もっていた。
傍らにはパニアディが転がっている。

「パニアディ…ペタ死んじゃったんだよ」

は繰り返し呟く。

「相手を甘く見るからだよ、バカだね。ペタったら」

そう叱咤するだが。

「ま、でもいっか。欲しい物は手に入ったし…」

そうして微笑むの視線の先には、金糸の束が宙から流れていた。
それはペタが彼女に約束した、最高のコレクション。
白い容貌に大きなガラス玉のような瞳、そしてあの『風景』そのものだった流れるような金髪。

「ナナシなら、代わりになるかなって思ったんだけど…その必要もなかったみたい」

ナナシの色素の薄い榛色の髪は、が欲しがったものに限りなく近かった。
顔の造形も好きな類だった。

「でも…本当に欲しかったのは、コレだから…」

ねぇ?とはゆっくりと上を見上げる。
そこには喋ってはくれないけれど、哂ってもくれないけれどが最も欲しかった、しかし口に出す事は許されなかった『本当に欲しかった人形』が佇んでいた。

「ねぇ、ペタ…?」

金糸の髪は靡いてて、紅い唇は乾いてて、白い面差しによく映える。
ファントムが異空間に飛ばしたペタの冷たい亡骸は、血液を四肢に送り出す鼓動を沈黙させても猶、の目の前で眼差しを向けている。

「私に関わる人、全部人形になっちゃえば良いんだよ」

ペタも、心を空っぽにして。

「私だけのものになればいいよ」

彼女はペタの冷たい首筋に腕を回し、その美しい白皙に頬に頬擦りした。
ひんやりとしている、氷の死体。



「大好き……、ペタ…♪」

の新しい、『人形』―――――――――――。












あとがき

ナナシ等身大の精密フィギュアが発売されたら、破産する覚悟がある@ぽぷり。(イタイ)

だって等身大だぜ!?
考えてもみなさい、アルヴィスとかファントムとかペタとかガリアンとか……っっ!

好みの服を着せてみるもよし!髪を自由に結ってみるのもよし!女装とて好きなだけさせるが良いさっ…!!
そうさ勇者よ、勇気があるなら全部服を剥いで見ろっっ!!(おかーさーん、変な人がいるよー)

うーっ☆わくわくが止まらねぇー!(わくわくの間違った使用例)

 

 

 

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